日記(ブログ風)  その3
  2006年3月6日~2006年4月1日

その4 目次

045 2006年 4月 1日 花見
 保土ヶ谷公園まで花見に行ったが、我家のお犬様はとてもではないが歩けないということで車で行った。娘達が通った中学校のちょっと先で、車で行く距離ではないのだ。桜は少し盛りを過ぎていた。多分昨日だったらと思われる。それでも土曜日であり写真の通り賑わっていた。4月1日でこの咲き具合は例年より早い。
 せっかく車で行ったので、学園通りの桜並木を通ったがこっちの方が盛りであった。この通りは尾根道で、市立桜ヶ丘高校、栄養大学(廃校になった)、岩崎中学、桜台小学校があることから学園通りと呼ばれる。ここの桜並木は交通の邪魔になるため切られそうになったことがあった。上の娘が岩崎中学に通っているころ、地元のジジババが切るなとデモったそうで、中学生達も応援したそうである。桜並木撤去賛成派はマンションの住民など、桜の言われ知らない連中で、機能優先派。反対派は「後からやって来て、勝手にするな。空襲にも耐えた桜だ。花見ができなくなる。夏は日陰になる」とやっていたそうで、横浜市も折れ残したもの。したがってこれらの桜の木のため通学時間帯は車両通行止めにしている。撤去派もこの時期になると残してよかったと思うのでは・・・

044 2006年 3月30日 三軒ラーメン屋 その3
 #032,014で述べていたラーメン屋。032ではとうとうダメと思っていたが、どうしてというかしぶとく再開していた。このところ税務署、郵便局、銀行に寄っていたのでこの通りを通っていなかったので気が付かなかった。どこがリニューアルしたのかよく分からない。両側のラーメン屋は相変わらず18時頃から開店で、ここは11時頃から営業と一番営業時間が長いのは以前と同様。私としては投資の無駄と思わないでもない。
 この店は徳島ラーメンが売りのようだが、「徳島」と「ラーメン」は結びつかない。徳島と言えば阿波の鳴門、丁度選抜高校野球をやっているが池田高校が浮かぶ。ところであの池田高校はどうなったのだろう。
 三軒ラーメン屋今後も追跡する。

043 2006年 3月28日 ホノルルマラソン早挫折か
 3回走ったところで、踵(特に右のアキレス腱に下)の関節痛で本日まで歩いても痛いので休んでいた。ほとんどアスファルト上を走っているため、足のサスペンションが歳とったせいもあり効きが悪く傷めたものと思われる。
 大きな原因は足の踏み込みが強過ぎると思っています。もう30年写真のようなチロリアンシューズを常時履いており、知らず知らずの内に足の踏み込が強くなった。即ち、普通の靴の重さの5~6倍、登山靴と同様のビブラム底で踵の部分は厚い。したがって運動靴を履いたときは、裸足のような感覚である。そう言えば底の張替え時に普通の通勤靴にすると1週間程で今回と同様の傷みがあり、現在はチロリアンシューズ2束にしていた。こんなところで障害が出るとは、もっと歳を取ったらと考えいます。
 本日は40分で回っていたコースを85分もかかった。
新明解国語辞典を読む 003をアップしました。

042 2006年 3月26日 谷津干潟
 習志野市のwebコンサルを初めて5年になる。当初、習志野というと自衛隊の習志野駐屯地と谷津干潟くらいしか知らず、習志野駐屯地は船橋市とわかり、習志野市って本来は津田沼市だったのではと思ったものである。
 保土ヶ谷からだと横須賀線で津田沼まで1本で行けるが、JR津田沼駅から市役所へは結構な距離であるため、JR船橋で京成に乗換え京成津田沼という経路。
 先日、谷津干潟自然観察センターによったおり「わが青春の谷津干潟 (本田カヨコ著)」を買った。野鳥関係の書籍など売っており、この本の活字が大きかったので買ったのであるが、谷津干潟がなぜあのように海岸から孤立し、不自然な形で残ったのかがよく分かった。市役所と谷津干潟の関係に違和感があるなぁと思っていたが、部外者が感じる空気もこの本を読んで分かった。本を読んで涙を流すこことはほとんどないが、この本は数少ない涙を流した1冊であった。私もさらに協力しなければと思った次第。
 写真をクリックするとgoogle localの衛星写真を表示します。干潟の左上(西北)のグラウンドは船橋競馬場で広さが比較できる。私が行った日は、放送機械の故障のため競馬は中止すると駅のアナウンスがあった。中央競馬だと大騒ぎだろうと、微笑ましく思った。

041 2006年 3月23日 ラリー車
 メディアアート(株)へ行くと、一階にランクル100(ヒャク)の2006パリダカ入賞車が展示したあった。我家のは80(ハチマル)で、名前だけはランドクルーザーと一緒であるがランクル100は別の車で魅力を感じない。
 見物人が車体を触れないようにしてあり、誰もいなかったのでルーフを掴んで揺らしたがまったく揺れない。つまりクロスカントリー仕様ではなく、高速ダートレース仕様であることがわかる。フロントアクスルはダブルウッシュボーン(我家のはリジットアクスルでマニュアルデフロック付き)でガードで守られている。車重は我家より重いが、バネ下加重はリアアクスルがオプンデフのセミフローティング(我家のはマニュアルデフロック付きのフルフローティング)であるため軽く、我家のより高速走行向きである。タイヤは同じ235/85R16のマッドテレーンで新品のタイヤ。砂漠を走ったタイヤにすればよかったのに・・・。ボディーの傷は我家の方が酷いというか全体的にラリー車の方が綺麗。砂漠ではブッシュで傷は付かないし、ガードレール、ブロック塀、電信柱もないから。マフラー処置がよい。しかしこれじゃ車検に通らない。
 現在国産車で前後共アクスルがマニュアルデフロックの車は無くなった。買う方も売る方も、その機能が解からないからしょうがない。

040 2006年 3月21日 横浜の開花宣言
 気象庁が東京、横浜で開花宣言をした。横浜の開花宣言の基準樹は外国人墓地の脇にある元町公園のある桜の木らしい。我家の近所の昨日紹介した地点の6分咲きの桜は写真通りで結構開いている。なお、横浜の開花宣言は平年より7日早いとのこと。  トレーニングは続いているがまだ休みなしに走破できない。ショックであるが20年程、決まったトレーニングをしていなかったのでこんなものだろう。フルマラソンだと現在のコースを7周しなければならない。7時間でというと結構微妙。
 東京も館山も開花宣言していた。

039 2006年 3月20日 開花
 昨日は気が付かなかったが、今日は天気もよく暖かだったので我が屋のすぐ上の桜を見ると開花していた。気象庁の発表はないがそろそろだろう。もしかしたら昨日開いていたかもしれない。例年この木は開花が早いが、場所はgoogle localでピンマーク付いた地点(写真をクリック)。
 この地点は保土ヶ谷区であるが、ここら100m程南下した地点の桜の木は既に6分咲きといったところ、桜前線に換算すると数100kmもあるような気がする。南区だからでもあるまいが、早咲きの桜の木なのだろう。
 google localを見て、共同駐車場の我家の車が分かる。さすがに車種までは特定できない。この駐車場に来てこの夏で2年だから、それ以降の写真になる。

038 2006年 3月19日 ホノルルマラソンを目指す
 運動不足解消のため、ジョギングを始めた。スポーツジムが盛況であるが、冷暖房完備で至れり尽せり。すべて機械仕掛けのトレーニングは性に合わない。大体、金を払ってまでして。じゃその分、ホノルルへの旅費にした方がよい。おまけにフルマラソン走破は高い(?)目標にもなる。
 道具も安い、シューズ、トレーナー上下で7,000円弱、これで健康になるなら安いもの。コースはなるべく車が来なく、走って飽きないようにした。旧東海道から現在の東海道権太坂を横切るもので、一周5.8km、標高差83mとなった。本日はコースの設定もあり40分程度かかった。全部走らなかったというか走れなかった。  今までフルマラソンを走ったことはないが、17時間で70km(標高差1600m)歩いたことはあるので、行けるだろうとは思っているが、さて目標を何時間にすべきか…

037 2006年 3月18日 アビーロード
「GoogleSightseeing」で、ビートルズのアルバム「アビーロード」で有名な、あの横断歩道の画像が紹介されていた。地上で撮影された写真はいくらでもあるが、はるか上空から眺めた映像は珍しいだろう。
 ついでにリバプールを見ると高解像度であったので、ペニーレイン、ストロベリーフィールドなどビートルズに所縁あるところを探してみた。
 ペニーレインは通常の地図ですぐわかったが、ストロベリーフィールドジョンレノンの旧居(推測)、ポールマッカートニの旧居(推測)ははっきりここだとは不明だ。我ながら暇人と思う。
 写真のLPは復刻版で12枚目のアビーロード、娘がヤフオクで売っぱらおうと狙っている。まだデジタル化してなかった。

036 2006年 3月17日 「出雲」ラストラン
「3/17日で利用低迷のため引退」との新聞記事を見た。私が最初に乗ったのは1969年、浜田行の急行で一部の車両が寝台。私は横浜から綾部まで普通の座席に乗った。
 次が81年の夏、ブルトレの出雲3号に乗っていて、それいらい山陰地方には行っていない。81年は横浜から松江で降り、美保関から隠岐へ行ったときであった。
 保土ヶ谷に引越してたまに横浜駅(21:35発)で出雲を見ることがあり、懐かしく思い出したものであったが、列車はいつもガラガラで、廃止も時間の問題と思っていたがとうとう無くなった。時の流れを感じる。残る西行きのブルートレインは「はやぶさ/富士」だけになった。
 そう言えば「はやぶさ」も「富士」(当時日豊線経由)も乗ったことがない。昔は両方とも「西鹿児島」行きのため避けていた。つまり博多終点の「あさかぜ」、熊本終点の「みずほ」で久留米での乗下車だった。しかし帰省は圧倒的で飛行機である。
 伯備線経由のサンライズ出雲はまだ営業している。

035 2006年 3月14日 ヘルスカウンター実は万歩計
 万歩計、買いました。ちょっと探すのに苦労した。日曜日サティーなどで探したが見つけられず。最近はヘルスカウンターと言う。横浜のヨドバシカメラの受付で尋ねると7Fの美容機器売場にあるとのこと。解からんわけだ。写真の万歩計を購入。機能がありすぎ。初期設定で時間、体重、歩幅を設定しなければならなかった。
 今日は習志野市HPリニューアルの最終打合せもあり、しばらく谷津干潟へ行っていなかったので遠回りして自然観察センターへ寄り、市役所まで歩いた。結構歩数を稼いだと思ったが本日の歩数は14,963歩。しっかり歩数9,829歩、88分(定義は上記のメーカのサイトにある)。あれだけ歩いてもこんな歩数という感じ。
 メーカのサイトに「歩きたくなる情報提供」ページがあるのには感心した。
 習志野市は今週中にはリニューアルされるはず。

034 2006年 3月11日 新明解国語辞典を読む
 この国語辞典は数少ない読んで面白いものである。「新解さんの謎」赤瀬川原平著(文藝春秋)1996年発行、さらに「新解さん読み方」鈴木マキコ著(リトル・モア)1998年発行で世の中に広く知れわたったが、それ以前から知る人ぞ知る辞典であった。富士通SSLの創立10周年の記念品が「新明解国語辞典 第三版」であり私の付き合いもここからになる。
 昔、上記の2書目が出た頃、富士通社内のPATIOで、このくらいなら私でも書けると豪語して、連載したことがあった。先日PCを整理していたら当時のデータが出てきたので、世の中に出す事にした。この連載は私の目が悪くなり、読書が出来なくなり途中で打切っている。
 現在、我家にあった新明解第三版、岩波国語辞典第四版が無くなっている。家内か娘が捨てたのではないかと思っている。特に新明解第三版はぼろぼろになっており、娘達から何で国語辞典が何冊もあるのかと聞かれたことがあり、勝手に持ち出していたこともあり問い詰めたが、当然「知らない」と言っているが怪し。
「新明解国語辞典を読む」は1篇が大きいため、別のサイトにアップします。

033 2006年 3月 8日 博多うどん
 最近の若者は分からないが福岡出身者が首都圏でビックリするのが、うどん、そばの汁とラーメンの違いである。なかでもうどんは食えない。私は今でも関東ではとてもではないがうどんは食べない。唯一食べるのは、関西風とか讃岐うどん、博多うどんである。しかし我が親戚で作っているうどんの方が美味いし、我家のうどんより美味い店は関東にはない。
 本日、東京駅で降りたので、久々博多うどん屋へ行った。筑前、筑後で食べるうどんとはどこか違うが、まだ食える。牛蒡天うどんが620円というもの高いが、武蔵小杉駅の(偽讃岐うどん屋)より美味い。1年前までは八重洲地下にもう一軒博多うどん屋があったが無くなった。
 そういう私が知っている美味いうどん屋は相鉄線横浜駅構内にある「ほしのうどん」。以前はわざわざ入場券を買って食べる人もいたそうだが、近頃は「うどん屋へ行く」というと入れてくれるそである。私はそこまでしたことはない。

032 2006年 3月 7日 三軒ラーメン屋 その後
 014 2006年 1月26日で述べていた三軒ラーメン屋。案の定、私が懸念していた真ん中のラーメン屋に「当分の間、休みます」の張り紙が掲げられていた。昨日ちらっと見て、本日確認したが昨日と文面が変わったようだ。まず店じまいだろう。で残りの2ラーメン屋はそろって18時半から開店となっている。厳しい世界といえば言えるが、新規開店したCラーメン屋はどのような意図があったのか非常に興味がある。
 どちらも同じ営業時間であるため2軒もいらないと思っているが、1軒になったら値段が上がるかも知れない。どうでもよいことだけど、今後も追跡したい。
 昼間食べられないのはちょっと残念だが、横浜地下街の480円のラーメン屋が値段的にはまぁ食えるので、わざわざ保土ヶ谷で食べることはない。

031 2006年 3月 6日 横須賀線のグリーン車
 本日久々横須賀線のグリーン車(E217系)に乗った。「027 2006年3月2日」で紹介したスイカ入力装置が取付けられていた。張紙に3月18日から運用開始とあり、いよいよこっちも稼動するのかと残念に思った。残念な理由は027で述べている通りである。市川で普通車へ移動しなければならなくなる。とぼけて乗越しする手もあるが、アブハチ取らずになりかねない。
 私はグリーン車に乗るときは1階の出来る限り中央席に座ることにしている。それは最も揺れない位置だから。中央席はホイールベースの中心(入口から4か5列目)なのだ。他の列車も同様である。特にグリーン車はモーターがないため、普通車に比較して静かで揺れない。車輪の上の1階しかない部分は最悪であるが、好んで座る人間がいるが、上記のように指摘すると考え直すかも。

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