新明解国語辞典を読む 012
新明解国語辞典を読む 012
  更新:2006年11月21日

新解さんと夏目漱石 2
 今回は漱石の小説からの引用について述べます。
 私が気が付いただけでも結構あるので、もっとあると思われます。探す方より、引用する新解さんの方が楽だ。

●つぎに[2]【次に】(副)
時間的に、または物事の順位の上で、前のものに続いて問題と△する(なる)ことを表わす。
「自分は初め眼を信じなかった。—これは夢に違いないと考えた/東京で驚いたものはたくさんある。第一電車のちんちん鳴るので驚いた。—そのちんちん鳴るあいだに、非常に多くの人間が乗ったり降りたりするので驚いた」

『自分は…』これも「三四郎」からの引用と思われますがみつけられません。
『東京で…』で始まる部分は「三四郎」の次の部分になります。

『三四郎が東京で驚いたものは沢山ある。第一電車のちんちん鳴るので驚いた。それからそのちんちん鳴る間に、非常に多くの人間が乗ったり降りたりするので驚いた。次に丸の内で驚いた。尤も驚いたのは、何処まで行っても東京が無くならないと云う事であった。』

 以上のように微妙に違っていますが、四版は「三四郎が」がないだけであとは丸写しになっています。
(両書は、出展に対しての言及はありません。たかが「つぎに」の用例に、「—丸の内」が出てくるまで、なんでこんなに長いのかというようなことを書いています。三四郎からの引用だったためしょうがなかったのでしようが、五版では少し考え直したものと思われます。


 第四版
「…/東京で驚いたものはたくさんある。第一電車のちんちん鳴るので驚いた。それからそのちんちん鳴るあいだに、非常に多くの人間が乗ったり降りたりするので驚いた。—丸の内で驚いた」

●ひととおり[0]—トホリ【一通(り)】(副)
(一)当面の用がほぼ足りる程度にそろっていたり大体の内容にわたっていたりすることを表わす。「一週間ばかりしたら学校の様子を—はのみ込めた/校長は—おれの説明を聞いた/品物に—目を通す/授業は—すんだが、まだ帰れない」

 第四版
「一週間ばかりしたら学校の様子を—はのみ込めたし、宿の夫婦の人物もたいがいわかった。…」

 五版だけ見ると出展を特定するのは難しいが、四版だと「坊ちゃん」からの引用と分かります。五版はそれを少し修正したもの。
 本文は以下の通りです。

『それから、毎日々々学校へ出ては規則通り働く、毎日々々帰って来ると主人が御茶を入れましょうと出てくる。一週間ばかりしたら学校の様子も一と通りは飲み込めたし、宿の夫婦の人物も大概は分かった。ほかの教師に聞いてみると辞令を受けて…』

『校長は一通りおれの説明を聞いた、生徒の言草も一寸聞いた。』

(宿直したとき、布団の中にイナゴを入れられて寄宿生と問題を起こした時のやりとり)

●ぬるぬる[1](副)
—と/—する 粘液や苔(コケ)状のものでおおわれている物の表面が、粘り着いたり滑りやすそうであったりすることを表わす。
「釣った魚をようやくつらまえて、針をとろうとするがなかなか取れない。つらまえた手は—する。大いに気味が悪い」

『おや釣れましたかね、後世恐るべしだと野だがひやかすうち、糸はもう大概手繰り込んで只五尺ばかり程しか、水に浸いておらん。船縁(ふなべり)から覗いて見たら、金魚の様な縞のある魚が糸にくっついて、左右に漾(だだよ)いながら、手に応じて浮き上がってくる。面白い。水際から上げるとき、ぼちゃりと跳ねたから、おれの顔は潮水だらけになった。漸くつらまえて、針をとろうとするが中々取れない。捕(つら)まえた手はぬるぬるする。大いに気味が悪い。面倒だから糸を振って胴の間へ擲(たた)きつけたら、すぐ死んでしまった。』
(赤シャツと釣りに行ったときの場面)

これまた四版は丸写しとなっていました。
「船縁(ふなべり)から覗いて見たら、金魚の様な縞のある魚が糸にくっついて、左右に漾(だだよ)いながら、手に応じて浮き上がってくる。…漸くつらまえて、針をとろうとするが中々取れない。捕(つら)まえた手は—する。」

 …は四版の本文中そのままです。(長すぎると思ったのか、それでも長いが)

 文は違うが、同じ章(新聞に連載していたといいますから)、同じ日に掲載されているにもかかわらず「つらまえて」となったり「捕まえた」と表記が一致しないのも漱石の特徴です。
 書いた日が違ったので表記が統一されてないと言うのは分かるが、一文で表記が統一されていないというのは…

 まだ三四郎からの引用はあると思うのですが私が分かったものです。

漱石、つづく

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