旧東海道地域の歴史
◆江戸時代
■交通・運輸・商業の中心であった保土ヶ谷宿
1601(慶長6)年には東海道の伝馬制度が定められ、保土ヶ谷宿が置かれました。当時の保土ヶ谷の風景が数多くの浮・絵にも残されており、当時の保土ヶ谷宿の繁栄をうがうことがでぎます。
■庶民の信仰を示す石仏・石塔
・保土ヶ谷区の路傍や寺社境内には、江戸時代に建てられた数々の石仏・石塔が残されています。特に、庚申塔は数が多く、江戸時代前期から庶民の間で庚申信仰が盛んであったことがうかがえます。
橘樹神社には、横浜市最古といわれている庚申塔があります。
■横浜の開港を支えた保土ヶ谷宿
・1859年(安政6年)に横浜が開港すると、保土ヶ谷から多くの
商人が横浜(関内)に移住し、本陣軽部家の10代目の清兵衛悦甫が、横浜町総年寄を担うなど、神奈川宿の商人と共に、開港初期の横浜の港や町の建設など、発展に大てぎな役割を担いました。

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