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  高札に何が書かれていたか(各宿場共通の高札)    東海道宿村大概帳 記載     戻る

        定
一、親子兄弟夫婦を始め諸親類にしたしく、下人等に
 いたるまで是をあわれむへし、主人ある輩はおの
 おの其奉公に精を出すへき事
一、家業を専にし、怠る事なく、万事其分限に過へから
 さる事、
一、偽をなし又は無理をいひ、惣ゆる人の害になるへき
 事をすへからさる事、
一、博徒之類一切に禁制之事、
一、喧嘩口論つつしミ、若其事ある時猥に出合へ
 からす、手負いたる者隠し置へからさる事、
一、鉄炮猥に打へからす、若違犯の者あらハ申出へし、
 隠置他所よりあらわるに於ゐては、其罪重かるへき
 事
一、死罪に行うるる者有時、馳集まるへからさる事、
一、盗賊・悪党の類あらハ申出へし、急度御褒美くた
 さるへき事
一、人身売買かたく停止す、但し男女の下人、或は永年
 季。或は譜代に召置事ハ相対まかすへき事、
  附
   譜代の下人又は其所に往来輩他所に罷越、妻子
   をも持、ありつき候もの呼返すへからす、但罪
   科有ものハ制外の事、
 右條ゝ可相守之、若於相背き可被行罪科もの
 也、
                 奉 行

        定
一、切支丹宗門ハ累年御制禁たり、自然不審成もの有
 之ハ申出へし、御褒美として
  バてれんの訴人   銀五百枚
  いるまんの訴人   銀三百枚
  立帰り者の訴人   同  断
  同宿并宗門の訴人  銀 百 枚
 右之通下さるへし、たとい同宿宗門の内たりといふ
 とも、申出る品に寄、銀五百枚下さるへし、隠し置
 他所よりあらわるゝに於ゐてハ、其所の名主并五
 人組まて、一類共に罪科おこなわれるへきもの也、
  正徳元年五月日
                 奉 行
        定
一、火を付るものを知ハ早々申出へし、若隠し置に
 おゐてハ其罪重かるへし、たとい同類たりといふ共、
 申出るにおゐてハ其罪をゆるされ、急度御褒美下さ
 るへき事、
一、火を付るものを見付は、是をとらへ、早々申出へ
 し、見過しにすへからさる事、
一、あやしきものあらハせんさくをとけて、早々御代
 官・地頭に召連来るへき事、
一、火事之節鑓・長刀・刀・脇差等抜身にすへからさ
 る事、
一、火事場其外いつれも所にても金銀諸色ひろひ取ハ、
 御代官・地頭に持参すへし、若隠し置他所があらわ
 るゝにおゐてハ其罪重かるへし、たとい同類たりと
 いふ共、申出る輩ハ其罪をゆるされ、御褒美下さる
 へき事、
右條ゝ可相守之、若於相背き可被行罪科もの
也、
  正徳元年五月日
                   奉 行
 この高札は各宿場に共通の内容で「定」は永年掲示されたものです。
 正徳元年(1711)に出された、親子兄弟札、キリシタン札、火付札、毒薬札、駄賃札(各宿場固有)などです。
 江戸幕府は寛政元年(1661)6月に5枚の高札を発布し、以後たびたび改訂が行われました。駄賃札以外は正徳元年(1711)8代将軍吉宗の改訂が最後になり明治まで改められなかったそうです。

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